こころびと手作り酵素

こころびと手作り酵素という名の酵素を始めたのか?

 僕が今こうして『こころびと手作り酵素』をお届けしているのは、

僕に『こころびと』という生き方をくれた方の夢を生きているからです。

僕は28歳までニューヨークに住んでいましたが、脳に腫瘍が見つかり、夢もニューヨークの生活も捨てて死ぬつもりで帰国しました。

でも、その時に心友が教えてくれた自然由来のサプリメントを摂取する事でお医者さんが奇跡だというくらいの早さで元気になっていきました。

それでも死ぬつもりで帰国した僕は生きている意味を見出せず、毎日「神様、どうして僕を生かすんですか?」と問い続けていました。

 

そんな時に

もう少し生きて、人のお役に立ちなさい

という神様の声が聴こえました。

 

その声に導かれるように、自分が病気になった理由、自分の病気がサプリメントを摂取する事で治った理由を知りたくて、分子栄養学を学び、自分の経験も活かしながら健康相談をし始めました。
その中で出会った守田久美子さん。
久美子お母さんと出会った時にはガンで末期の状態でしたが、娘さんとメールで何度もやりとりをしたり、会いに行ってお話しをさせてもらいました。

それでももっと何か久美子お母さんが元気になりたいと思ってもらえる事をしたいと思い、仲間にお願いして、一人一人に久美子お母さんへのメッセージを書いてもらいました。

メッセージカードの表側には久美子お母さんへのメッセージを書いて、裏側にはそれぞれの夢を書いて贈りました。

みんなからの温かいメッセージと夢を共有する事で、久美子お母さんのこころに笑顔と生きる希望の光を灯したいという思いでした。

仲間が本当に協力してくれて、一週間もしない内に70枚も集めてくれました。

それを久美子お母さんに届けたら、逆にメッセージカードをくれました。

メッセージカードの表側には、みんなへの感謝の気持ちが綴られていました。

裏側には

 

健康な人がいっぱい増えて、
相手の事を思いやれる優しい人たちがいっぱいになる事

と書かれていました。

 それからも久美子お母さんの為に僕が本当にやりたい事は何だろうと思いを馳せていた時、メロディと共に『こころびと』という言葉が降りてきました。

2008年12月16日久美子お母さんは天国に召されましたが、久美子お母さんが亡くなる前日に見舞いに来てくれた方が泣いてしまったのですが、その彼女を朦朧とした意識の中、笑わせようとしていたそうです。

亡くなるその瞬間まで自分のこころの真ん中の思いを貫いた久美子お母さん

久美子お母さんの夢が僕の夢になりました。

久美子お母さんが亡くなってからも、久美子お母さんにやってあげたかった事を、今目の前で病気や人生で悩み、苦しんでいる人たちにするという思いで、健康相談や人生相談、セミナーなどをしてきました。

その中で714xという免疫力を正常化する製剤の事を知り、末期ガンと宣告された方たちが再び自分の人生を満喫する為に歩むお手伝いをさせていただいています。
また、こころびとカラー音叉チューニングやこころびと無料メルマガを通して、自分の思いに正しいこころとカラダの在り方をお伝えし、こころびととして自分のこころの真ん中の思いを生きるお手伝いをさせていただいています。

そして、これからは季節の無農薬フルーツを使った手作り酵素を通して、生命力を高め、イキイキとした人生を満喫し、真の豊かさと真の幸せを享受するお手伝いをさせていただきたいと思い、この手作り酵素に『こころびと手作り酵素』という名前を付けました。

すべては久美子お母さんがくれた

 

健康な人がいっぱい増えて、
相手の事を思いやれる優しい人たちがいっぱいになる事

という夢を叶える為です。

この夢を叶える事が真の豊かさと真の幸せを生むと信じています。

それは人間だけでなく、この地球と地球で生きる生命たちとの関わりを大切にする事でもあります。

こころびと手作り酵素に含まれる微生物たちが育ててくれた酵素が、
あなたがイキイキとした人生を満喫する為に貢献してくれる事を祈っています。

ガンを克服された方にインタビューし、それを『ガンの辞典』というサイトにまとめておられる小澤康敏さんが取材してくださった記事はこちらでお読みいただけます。

この記事を通して、必要な方々のこころに笑顔と希望の光が灯りますように☆

ありがとうございます。

こころびとJUN