違う時間と違う空間で
違う方向を見ながら生きていた人たちが
同じ時間と同じ空間で
思いを分かち合い、
同じ方向を見始める。
それぞれのこころに
溢れる思いが違うから、
思いを分かち合った時、
‘共’に相手の存在に価値が
‘有’ると思える。
今までの自分も、
これからの自分も
こころから手放し、
今こころに溢れる思いを
発するからこそ、
そのエネルギーに共鳴する
すべてが引き寄せられる。
過去でも未来でもない、
今ここだからこそ、
“共有”が生まれ、
共鳴が広がっていく。
違う時間と違う空間で
違う方向を見ながら生きていた人たちが
同じ時間と同じ空間で
思いを分かち合い、
同じ方向を見始める。
それぞれのこころに
溢れる思いが違うから、
思いを分かち合った時、
‘共’に相手の存在に価値が
‘有’ると思える。
今までの自分も、
これからの自分も
こころから手放し、
今こころに溢れる思いを
発するからこそ、
そのエネルギーに共鳴する
すべてが引き寄せられる。
過去でも未来でもない、
今ここだからこそ、
“共有”が生まれ、
共鳴が広がっていく。
楽しい時間を共有するとは、
同じ楽しさを味わおうとする事ではない。
同じ時、同じ場所に居ながら、
それぞれに
その場の楽しさを見い出して、
それを満喫し、
その思いを分かち合っている事を言う。
それぞれの思いの分だけ、
それぞれの楽しみ方がある。
共に相手の存在価値があると
認めるからこそ、
共有と書く。
夕日が沈むのを観て
綺麗と思う人たちがいた時、
夕日が沈む姿を綺麗だと思っても、
夕焼けが綺麗だと思っても、
夕日が沈んでいく儚さが綺麗だと思っても
間違いではない。
自分らしいと思う感情を
味わう瞬間、瞬間が
素晴らしい人生になる。