だれかを、なにかを愛する以上に自分を愛しなさい。
そして、自分を愛するようにだれかを、なにかを愛しなさい。
だれかを、なにかを愛する以上に自分を愛しなさい。
そして、自分を愛するようにだれかを、なにかを愛しなさい。
何かに触れて、こころが動く(感動する)のは本来の自分と共鳴するから。
愛を、美しさを、神を、わたしを観る意識を持って、今の意識に繋がる人、もの、出来事、環境を通して五感で感じる。
その感覚を研ぎ澄ました先にこそ、本来の美しい実相の世界が広がる。
いつも、いつでも、どんな時も、自分自身が何に意識を向けるかを決めることができる。
“わたし”とは意識を向けている自分自身
愛を観る意識も、美しさを観る意識も、神を観る意識も、“わたし”が決め、その意識を通して目の前に広がる世界を創造している。
こころのままに、こころそのままに
ありがとうございます。
こころびとJUN
神を観る意識
*意識とは立つ日の心を知ること。
*立つ日とは真の自己を実現する瞬間のこと。
*実現とは真の“実”相を“現”すこと。
*真の実相とは神であるわたしのこと。
神を観る意識と感情的理解を通してわたしにとっての喜びとは何かを知り、わたしを知り、愛を知り、神を知る。
*意思とは立つ日の心(感情)を思うこと。
*理念とは“今”の“心”の在り方(感情が示す方向)を“理”解すること
*理想とは真の実“相”の“心”(感情)を“理”解すること。
*意味とは立つ日の心を味わうこと。
感情(内なる導き)を通して歓喜と至福を味わう。
この感情の中に美しき実相の世界が創造される。
こころのままに、こころそのままに
ありがとうございます。
こころびとJUN