今、「君たちはどう生きる」という本を読んでいて、読み進める内にこころに溢れた思いです。
・一部と全部
・天から始まる縁の広がり
・天と点、縁と円
・天が宇宙の中心
・中心点
・内に広がる
・ウズメ
外に広がる意識を内に向けると回転し始め、その渦に中心点の渦の目(ウズメ)ができる。
アメノウズメ(体の天にある頭の中の意識の流れ)が現実という五感で観じる世界を創造する。
内なる世界は天動であり、その流れに沿って生きる事を天道という。
………..
人間には客観的な視点は存在しません。
何かに意識を向ける時、すべては主観で捉えていると気付く経験、「自分の意識がこの世界を創造している」と気付く経験をする機会を促します。
意識は、何かを観るという意思により生まれる気(エネルギー)の流れです。
つまり何かを観る事自体が主観であり、どれだけ意識を解放しようとしても意識を向けている分だけ主観的に物事を捉えています。
目に映るすべての物事が自分のこころに思いを溢れさせてくれる存在であり、元々は自分自身が意識的であれ、無意識的であれ、意識を発する事により、五感で感じる世界に姿を現してくれます。
意識が神意識にまで高まる事ができた時、つまり主観を突き詰めた先にこそ、五感を超えた客観の世界(完全なる美しき実相の世界)が出現します。
ですので、客観的に物事を捉えようと意識するのではなく、主観的に意識を向けていると自覚して、感覚を研ぎ澄まし、物事に触れて、五感を通したカラダの反応やこころに溢れる思いを深く感じ、観じてあげてください。
自分が五感を通して感じている感覚は心地よいのか、それとも心地よくないか、
こころに溢れる思いをポジティブだと観じているのか、ネガティブと観じているのか。
その一つひとつが本来の自分、内なる神と繋がる自分へと導いてくれます。
自意識というフィルターを通さずに曇りなきまなこで観るというのは肉体の持つ2つ目のでなく、第三の眼で観る事、つまり神意識で世界を観じる事を言います。
ですので第三の眼を開く事が重要なのではなく、曇りなきまなこで観じる意識(神意識)にこころを向け続ける事が重要であり、その意識を持っている事が第三の眼を開かせてくれます。
こころのままに、こころそのままに
ありがとうございます。
こころびとJUN