カテゴリー別アーカイブ: 実感する

美しいと思えるこころが美しい

・美しいと思えるこころが美しい

何に対して美しいと思えるのかを知る以前に美しいと思えるこころの在り方を知るとより深く美しさを味わうことができる

・共鳴するエネルギー、協調する周波数

今目の前に広がる世界、共鳴するエネルギーにどのように協調するのかを今の自分自身で決めることができる。

和音ドミソにもオクターブで共鳴の仕方が変わる。

・チューニングとは調律のこと

こころを調(ととの)えること

こころびとカラー音叉チューニングサウンド

自分が美しいと感じるこころで目の前に広がる世界にこころを満たしていると意識がより純粋な意識と協調する。

・意識に従って変化する

意識によってこころが調律され、それに伴い、共鳴するエネルギーが変化し、目の前の世界に変化が現れる。

絶え間なく雲の形が変わり、風が吹き、波が浜辺に打ち寄せている地球のように新しいエネルギーが創り出され、新しい世界を創造する。

・創造主である自分、表現者である自分、傍観している自分

自分自身の意識で目の前に広がる世界を創造している自分

自分自身の感情を感じ、こころで思いの一つひとつに触れ、内なる衝動に導かれてこころとカラダで表現している自分

自分が創造し、表現している自分を観じている自分

この経験と学びと成長を通して、自分自身を知り、愛を知り、神を知る。

こころのままに、こころそのままに

ありがとうございます。

こころびとJUN

こころに溢れる思いを一つひとつ大切に味わう

「その感情を味わいたかったんだね」

と、ネガティブな感情を味わっている自分自身をも愛し、許し、受け入れる。

ネガティブな意識を持っているから感じられるネガティブな感情を味わっている自分自身をそのままに受け入れる。

こころに溢れる思いが、ネガティブであろうと、ポジティブであろうと、今ここでしか味わえないものだと知っているから。

こころのままに、こころそのままに、今ここを生きている自分だからこそ、美しさを、豊かさを、幸せを全身で感じることができる。

こころのままに、こころそのままに

ありがとうございます。

こころびとJUN

内なる世界に敏感になる

周りに鈍感である時、内なる世界に敏感になっている。

五感を通して見る世界に触れて、無理に何かに気付こうとしなくていい。

意識を内に向け、内なる平安を観じることを自分に許し、内なる平安を味わうだけで、

五感を通した世界の美しさに気付く事ができるのだから。

より純粋な意識へ

何かにこだわりを持っていると気付く瞬間、より純粋な意識へと向かう準備が整ったことを知る。

自分がネガティヴな意識を向けている目の前の世界がそのきっかけをくれ、その世界を見ている自分自身がより純粋な意識へと一歩進む機会をくれている。

『自分の内側を喜びと美しさで満たす』

そのために必要な時間はこころに喜びを感じ、美しさを観じることを自分に許すまでの時間。

いつも、いつでも、どんな時も自分自身でどんな感情を味わうのかを決めることができる。

こころのままに、こころそのままに

ありがとうございます。

こころびとJUN

どんな世界を見て、どんな感情を味わうのかを自分自身で決めることができる

五感を通して感じている存在に対して評価論評するのではなく、

五感を通して感じている自分自身がどのような意識を持ち、何を思っているのかを観じる。

五感を通して感じているすべては神の現れであり、自分の意識(自意識)を通して内なる神がその世界を創造してくれている。

いつも、いつでも、どんな時も自分の意識を通して内なる神が見せてくれている世界を感謝と祝福をこころに抱きながらそのままに味わうこと

そして、自分の意識の方向性を観じ、自分のこころに溢れる思いの一つひとつを大切に感じること

毎瞬、毎瞬、自分自身を観じ、感じる。

どのようなことにどんな意識を持っているのか、どんな思いがこころに溢れているのかを知り、理解する。

トイレの汚れを見て「汚いな~、触りたくない」と思う事も、「この汚れを取ることを通して自分が美しいと思える世界を創造する機会をくれている」と思うことも

今の自分が決めることができる。

自意識を通して何を見て、どのように表現し、五感を通して感じる世界をどのように創造するのかを自分自身が決められる。

どんな意識を持ったとしても、内なる神はいつも、いつでも、どんな時もその意識に沿った世界を創造してくれている。

こころのままに、こころそのままに、目の前に広がる世界を感謝と祝福を捧げながら味わい尽くすことができたら最幸だなと思います。

ありがとうございます。

こころびとJUN

今ここを生きる意味

《純粋な意識》

神を観る意識

*意識とは立つ日の心を知ること。

*立つ日とは真の自己を実現する瞬間のこと。

*実現とは真の“実”相を“現”すこと。

*真の実相とは神であるわたしのこと。

 

わたしは自分自身の真実(真の実相・真の自己)の創造者です。

 

わたしはわたしに「ただ在る状態(真の実相)」でいることを許します。

 

《今ここを生きる純粋な動機》

神を観る意識と感情的理解を通してわたしにとっての喜びとは何かを知り、わたしを知り、愛を知り、神を知る。

 

わたしの独自性のある意思は神のご意思です。

*意思とは立つ日の心(感情)を思うこと。

 

《理念・理想》

*理念とは“今”の“心”の在り方(感情が示す方向)を“理”解すること

*理想とは真の実“相”の“心”(感情)を“理”解すること。

 

《今ここを生きる意味》

*意味とは立つ日の心を味わうこと。

感情(内なる導き)を通して歓喜と至福を味わう。

この感情の中に美しき実相の世界が創造される。

こころのままに、こころそのままに

ありがとうございます。

こころびとJUN

内なる神を観じる

神は理性や言葉、時間を超えた存在であるがゆえに、頭で認識し理解するのではなく、

感覚、感性、感情を通して認識し、理解しようと意識する事が大切である。

カラダの感覚器官である五感を通して、

日々こころに降りてくる直感やひらめきを通して、

毎瞬、毎瞬、こころに溢れる感情を通して

内なる神を観じる事ができる。

その為に感覚を研ぎ澄まし、曇りなきまなこで意識を内に向ける。

その時間を意識的に持つことを続けていると、頭で意識しなくても自然に内に意識を向けられるようになっていく。

何かをした時、またはしなかった時に内側でどのように感じ、何を観じるのか

内なる神が何を喜び、何に対してネガティヴに感じるのか

心地よく思っているのか、それとも何か違和感を覚えているのか

その思いの一つひとつが新しい“今”を創造し、人生という道になる。

こころのままに、こころそのままに

ありがとうございます。

こころびとJUN

自分だからこそ感じられる美しさ

五感を通して自分が感じられる美しさをそのままに感じるために今ここを生きている。

そのために感覚を研ぎすまそう。

自らの主観を突き詰めた先にこそ、言葉にはできないほどの美しい世界が広がっている。

“今”というこの瞬間に、自分だからこそ感じられる美しさを、愛を、光を、神をそのままに味わい尽くそう。

自分だからこそ感じられる美しさも、愛も、光も、神もすべてが自分の内に存在してくれている。

自分の存在自体が美しさそのものであり、愛であり、光であり、神だと、こころで、カラダで知るために

僕たちは今ここを生きている。

“今”という瞬間、瞬間の感情を味わい尽くすために、僕たちは“今”この地球に存在している。

こころのままに、こころそのままに

ありがとうございます。

こころびとJUN

“あなたは気付きです。気付きはあなたのもう一つの名前です。あなたは気付きであるがゆえに、何かを取得したり鍛錬する必要はありません。やるべき事は単に、自分でないものに気付くのを止めるだけです。人が自分でないものに気付く事を止めたら、純粋な気付きだけが残ります。それがあなたです”

~ラマナ・マハリシ~

今日の地震を通して感じた事

今日の大阪北部の地震での我が家の震度は5弱でした。

神戸の震災も経験しましたが、その時とは比べものにならないくらいに揺れました。

揺れが始まると同時に自分の足が震えているのを知った時、これも今ここで必要な経験を受け取っているんだと思い、外の世界ではなく、自分のこころとカラダに意識を向け、感覚を研ぎ澄ましていました。

揺れが収まり、周りを見渡すと、コップやお皿が落ちて割れたり、デスクトップパソコンやらプリンターやら大きなものから小さなものまで色々なものが落ちていました。

そのあと、ベランダに出るとまるで何もなかったかのように太陽が世界を照らし、雲がゆっくり流れ、心地よい風が頬を優しくなぜてくれた時、今までには感じた事のないくらいの歓喜と至福がこころに溢れてきました。

この経験から、いつも、いつでも、どんな時も、自分の内側に意識を向け、内なる平安を感じながら、こころに溢れる思いの一つひとつを大切に味わう事が人生に豊かさと幸せをもたらしてくれるんだと確信する機会となりました。

その後の片付けでも今必要のないものを手放す機会を受け取っているんだと気付き、嬉しい気持ちで片付ける事ができました。

この経験に感謝しながら、今ここで共に生きている方々それぞれが、いつも、いつでも、どんな時も、内なる平安を感じられるように、愛と思いを込めて僕のこころの真ん中で祈ります。

ありがとうございます。

こころびとJUN

意識がこの世界を生成している

鳥は人間が歩くように飛んでいる

魚も人間が走るように泳いでいる

雲は人間が野原で寝転ぶように空に横たわっている

人間にも

42.195キロを走る事が当たり前の人がいれば、円周率をすごい桁まで記憶している人がいたり、一つの神を信じる人がいれば、すべての存在に神を観ている人もいる。

これらの違いを生んでいるのは意識だ。

鳥が自分は飛ぶ事などできないと思ったら飛んでいないだろうし、魚も早く泳げないと思っていたら泳いでいない。

マラソンを走りきった人には42.195キロを完走する事なんて出来っこないという意識はない。

それが当たり前にできるという意識だからこそ、実際にそうなっている。

この世界に存在するすべてに何らかの意識が働いているからこそ、そのように存在し、活動している。

~ができるとこころで知るその時まで意識を働かせて、想像し続ける。

そしてそれを意識的に思考しようとしなくてもその思いが当たり前となった時に、そうなっている現実が目の前に広がっていると気付く。

意識がこの世界を生成している

今目の前に広がる世界が自分が望むものであろうと望まないものであろうと、その世界に触れてこころに溢れる思いの一つひとつが新しい現実を創造していく。

その思いの一つひとつがこころとカラダを通して感じさせてくれる観感の世界を味わい尽くすために、意識を内側に、自分のこころとカラダに向け、感覚を研ぎ澄ます。

耳に聴こえる音、鼻に香るニオイ、目に映る風景、カラダの緊張感などカラダ全体で感じ、こころで観じる。

意識を向けた時よりもカラダに軽さを感じているのか、それとも重く感じているのか。

こころは穏やかだろうか、それとも何か違和感を感じているのだろうか。

その一つひとつが今のこころの在り方が自分の思いに素直に生きているかどうかを示してくれている。

“常に喜びの中に生きるのは、とてもシンプルです。あなたがそれに値すると知るだけで良いのです。”

この言の葉に触れる度に僕のこころは温もりに包まれ、カラダは緊張感がほぐれ、軽くなるのを感じる。

五感で感じる世界に価値を見い出す以前に、自分の存在は自分が望む世界に値する、自分自身に価値があると認識する事ができた時、五感で感じる世界の輝きがより一層増すのを深く感じる。

こころのままに、こころそのままに

ありがとうございます。

こころびとJUN